レントからイースターへ

レントからイースターへ
 このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。(マタイによる福音書16章21節)
                
 今週の水曜日からレント(四旬節)に入ります。毎年のことですが、春分を過ぎた後に満月となった日の直後の日曜日に、イエス様の復活をお祝いするイースターの日を迎えます。そのイースターの日曜日から遡り46日前の水曜日が「灰の水曜日」と呼ばれるレントの始まる日です。40という数字は聖書においては苦難を経験する日数あるいは年数を意味しています。イエス様が十字架への苦難の道を耐え忍んだ日数としてこのレントの時が定められているわけです。ただ、そのイースターまで46日あるのは、その間の6回の日曜日は主の日(イエス様の十字架の死より三日目に復活した日)としてカウントせず、その他の40日をレントの日数としているからです。このように大変ややこしい計算をするので、教会の牧師であっても、今年のイースターが何月何日になるのか即答出来る人は多くはいないでしょう。特に日本ではクリスマスのように12月25日と定まっている日は未信者の人たちでも知っていますが、イースターに関して知っている人は非常に少ないのではないでしょうか?
 しかし、教会にとってイースターこそが最も喜ぶべき祝祭の日であって、この日にイエス様が死より甦られた、死に勝利し永遠の命に生きる方となられた、何より大切な記念日であることは言うまでもありません。ただ、このイースターの日に至るまでに、イエス様は十字架という苦難を背負わなければなりませんでした。そして、その事をあらかじめ弟子たちに予告されたのでした。「必ずエルサレムへ行って・・・多くの苦しみを受けて殺される」というご自分の運命を。すると弟子のペトロがこう言います。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」と。ペトロはイエス様が非業の死を遂げることなど「あってはならない」ことだと否定したのです。
 しかし、彼はイエス様の死を否定することで、「三日目に復活」することも信じなかったのだと言えます。イエス様の受難予告は、ただご自身の死を予告するためだけのものではありませんでした。むしろその十字架の死の後「三日目に復活する」ことを弟子たちに告げられたのでした。確かに、死という言葉のインパクトの強さは、人を不安や怖れに陥れることが多いでしょう。今、世間を騒がせている新型コロナウィルスも、重症化すれば死に至ることがあるため、人々の不安や怖れを一層増大させているのが事実です。しかし、このウィルスの感染者のうち死亡する人の割合はそう多くはないのも本当のことなのです。感染しても完全治癒する人の方がはるかに多い。しかし、その中の数パーセントの人の死が、私たちに極度に感染や感染した人たちまでをも恐れさせてしまうのです。ペトロがイエス様の死を「あってはならない」と否定したのは、自分たちが死を恐れる余りのことばであったでしょう。しかし、そのイエス様の死が「三日目に復活」されるための期限付きの死であることを知るならば、それ以上に恐れることはないのです。イエス様こそ死の感染力に打ち勝った最初の回復者なのですから。 
(2020年2月23日週報より)