今日あなたがたのために

 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。(ルカによる福音書2章11~12節)

 クリスマスを来週にひかえ、私たちは一人でも多くの人たちと主の降誕の喜びを分かち合うため、準備をしています。ロウソクの明りや、クリスマスツリーの色とりどりの飾りが、クリスマスを迎えるためのしるしとして用意されていきます。しかし、聖書に描かれるクリスマスの「しるし」は、飼い葉桶に寝ている乳飲み子そのものでありました。貧しい大工の息子として生まれたイエス様が、最初に寝かされたのがこの飼い葉桶のベッドであったのです。また「宿屋には彼らの泊まる場所」がなかった、と福音書は描いています。このように、人の泊る場所ではない馬小屋に神の御子イエス様がその生涯の最初に身を横たえたということが、クリスマスのしるしなのでした

 今年は相次ぐ大型台風のため、家を壊され避難生活を送らざるを得ない人たちが多くおられます。また今年にかぎらず、この寒空のもと家もなく野宿する人たちの姿は決して絶えることがありません。そのような苦しみや悲しみのある所に、主イエスは「飼い葉桶に寝かされる」赤ん坊として身を横たえられ、その苦しみと悲しみを最も理解し慰める方として、その一生を送ることを使命とされたのです。そのイエス様の小さく貧しく生まれられた姿を通し、神様が「あなたがたのために」救い主を送って下さった、その最大の愛のしるしを私たちは示されているのだということです。

 「あなたがたのために」という二人称で、天使は羊飼いたちに御子の誕生の知らせを伝えました。それは羊飼いもまた、寒い夜空のもと野宿する人々であったからではないでしょうか。世間からは卑しい職業をする人々として蔑まれ、神様の祝福を受けることからは遠い存在として無視される人々でした。しかし、この羊飼いがクリスマスの知らせを真っ先に受け、また最初の証人として選ばれたのでした。しかも「あなたがたのために」と二人称で呼びかけられ、飼い葉桶の幼子を見つける目撃者とされたのです。

 このような羊飼いたちは、もはやクリスマスの傍観者ではいられないのです。自分が二人称で呼びかけられた者として、クリスマスの出来事を我がこととして受けとめ、示された救い主の姿を発見する役割を負った者として馬小屋へと急いで駆け付けるほかありません。私たちも、そのようにクリスマスの出来事を自分自身への呼びかけとして示されているのです。私たちも、羊飼い同様、この世界の中で苦しみ悲しみを負った人間として生きていかざるを得ない、生まれてから死を迎えるまでの人生を決して何の悩みも痛みも感じることなく生きて行くことなど出来ない、弱さ貧しさを感じている一人一々に違いありません。しかし、だからこそ、飼い葉桶に寝ている乳飲み子を、自分自身への神様の愛の「しるし」として、クリスマスの出来事を傍観出来ない、関わりをもった出来事として受けとめ、その御子の姿を発見する使命を負い、救いの証し人としての人生を歩む者として生きて行くのです。御子がわたしたちの救いのために貧しく小さくなってきてくださった、その御子を受け入れ、御子と共に生きて行く、その喜びこそわたしたちに与えられた最大のクリスマスプレゼントなのです。
(2019年12月15日週報より)