2019年2月17日

罪に打ち勝つ力
 一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば、神の恵みと一人の人イエス・キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。(ローマの信徒への手紙5章15節)
                
 今年の冬は、インフルエンザが猛威を振るい、私たちの生活に不安の影を拡げています。また、豚コレラが蔓延し、何万頭もの豚が殺処分され、養豚業の人たちに大きな悲しみと打撃を与えるという痛ましいニュースが毎日のように耳に飛び込んで来て、暗然たる思いにならざるを得ません。そのように、私たちの社会に、私たちにはどうすることも出来ない出来事が次から次へと起こり、目に見えない力によって私たちの世界が脅かされ侵されつつあることを誰もが感じているのではないでしょうか?
 しかし、私たちの生活を脅かすものは、伝染病という自然界の猛威だけではありません。私たち自身の内に、人が罪を犯さざるを得なくさせる、しかも自分の力では制御不可能な力によって、様々な恐るべき状況が蔓延しつつある、そのことも否定出来ない事実であります。親が我が子を虐待し続け死に至らしめる事件、守られるべき立場の高齢者が施設の職員によって傷つけられ命を奪われるような現実、そのような暴虐がまるで日常茶飯事のように繰り返されて、人が人を信じられなくなる世の中になりつつある、そう思う人たちも決して少なくないでしょう。
 聖書は人間の罪の歴史を、その最初の人アダムにまで遡らせ、アダムの犯した罪によって、その後の人間がすべて罪を犯さざるを得ない宿命を背負ったのだと説明します。それはまるで豚コレラのように、1頭の豚が感染したら、同じ場所で飼われている何百、何千頭もの豚が殺処分されるように、一人の人間の犯した罪により、他のすべての人間がその罪の裁きをうけなければならなくなった、そう聖書は告げているのです。
 私たちにはあまりにも不条理で納得しかねる「原罪」という教理ですが、現実に繰り返される人間同士の憎しみや暴力や殺人、平気で人を騙し人を傷つけて利益を得ようとする犯罪の横行など、否定したくても出来ない事柄が数多くあります。それらはすべて人間の心にアダム以来の「原罪」という伝染病が人類の歴史を通じ連綿として感染し続け、現代の世界にも広がってしまった結果のようにも思えます。
 そのような人間の罪が繰り返され伝染し続ける歴史の中で、ただ一人、イエス・キリストだけは「罪を犯されなかった」と聖書は伝えているのです。それはイエス様が「聖人君子」であったことを意味するのではありません。イエス様も人間としての弱さを身に負い、死という現実に脅かされ苦しみ悩む一人の人間でありました。しかし、イエス様は罪という人間が誰も逃れることの不可能な強力な伝染力を持つ罪「原罪」に対し、「十字架」というさらに強力なワクチンをこの世にもたらされた方でもあったのです。それは「一人も滅びることは神の御心ではない」という福音により誰にでも無償で与えられる恵みのワクチンであります。ただ一人罪という伝染病に抵抗力を持つ方の血によって、すべての人間の罪は除去され滅ぼされる。そのことを信じる者に、罪の力はもはや無毒化され消え去るべきものなのです。
(2019年2月17日週報より)