2018年7月29日

どこから来て、どこへ行くのか
 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。(ローマの信徒への手紙5章5節)
                   
 16世紀にヨーロッパ全域に広がった宗教改革のきっかけを作ったマルティン・ルターの話に、次のようなエピソードがあります。ルターがある古い農家を訪ねた時、その家の壁に、当時民衆の間に流布されていた非常に古い詩が書かれてあったと言います。それは次のような詩であったそうです。「私はやって来た。しかし、どこから来たのか私は知らない。私は立ち去ってゆく。しかし、どこへ行くのか私は知らない。私は自分がなお喜びをもっていることを不思議に思う」そのような生と死の間に移ろいゆく人生の無常観を現している内容の詩でありました。その詩を読んで、ルターは手帳に次のようにこの詩を書き直したそうです。「私はやって来た。どこから来たのか、私はよく知っている。私は立ち去ってゆく。そしてどこへ行くのか、私はよく知っている。私はなお自分が悲しみをもっていることを不思議に思う」。(井上良雄氏著「キリスト教講話・大いなる招待」P.210~214より)
 私たちの人生は、自分がこの時代、この世界に生まれたことをどう考えるのかによって、その生き方が大きく変わります。「どこから来て、どこへ行くのか」その出発点と終着点を「知らない」という時、私たちの人生は生まれてから死ぬまでの限られた時間を、ただ広い海原を舵のない小舟のようにさすらい漂うように生きる以外ないのです。しかし、ルターが作り直した詩のように「私はよく知っている」と言えるならば、人生は永遠の彼方から永遠の彼方へと向かう途上にある旅人のように、その一歩一々に意味があり、すべてが希望へとつながっていくのです。
 確かに、この人生の中に「喜びをもって」生きるすべは多くあります。ある人はスポーツに、ある人は芸術に、ある人は仕事に、とそれぞれ自分に合った生き方と目的をもって進み、そこに人生の意味と喜びとを求めることでしょう。しかし、自分が「どこから来て、どこへ行くのかを知らない」まま、人は決して自分の人生にいつまでも変わらない消え去ることのない希望をもつことなど出来ない、それが真実のことではないでしょうか。
中世の修道院ではメメント・モリ(死を忘れるな)という言葉が、日常の挨拶として交わされていたということです。ある時、道を歩いていて「メメント・モリ」と書かれてある建物を見かけ「あれ、こんな住宅街の真ん中に修道院があるのか」と驚いたことがありました。しかし、よくよく見直すと「メメント・モリ」ではなく「メゾン・トモナリ」というアパートだったのです。「ああ、なんて俺は慌て者なんだ」と自分でも呆れましたが、しかし「死を忘れるな」という言葉が、いつも私の心の中に刻み込まれていることにも気づかされた出来事でした。「死を忘れない」ということは同時にキリストが私たちすべての人間の救いのために死んでくださった、その主の死を忘れないということでもあります。その主の死によって、私たちは永遠の命の希望を与えられました。だから、私たちは主の死から出発し、主の復活の命へと向かう旅の途上にあるのだ、ということを常に希望とし、尽きることのない喜びとして生きて行けるのです。
(2018年7月29日週報より)